金沢地方裁判所 平成4年(行ウ)3号 判決 1993年4月16日
原告 中野好之
被告 金沢国税局長
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
被告が延滞税金一九万七二〇〇円を徴収するために原告の株式会社北陸銀行(上滝支店扱い)に対する普通預金債権(口座番号四〇七五七九)について平成三年三月二六日付けでした差押処分(本件差押処分)及び同月二七日付けでした配当処分(本件配当処分)をいずれも取り消す。
第二事案の概要
本件は、本件差押処分及び本件配当処分(合わせて、「本件各処分」という。)に後記二の違法事由があるとして、これらの取消しを求めた事案である。
一 当事者間に争いのない事実
1 昭和六〇年六月二九日、その当時原告の所轄庁であった藤沢税務署長は、原告の昭和五九年分の所得税について、更正及び加算税の賦課決定処分をした(別件課税処分)。
2 原告は、別件課税処分により決定された本税及び加算税についてはその納期限である昭和六〇年七月二九日に全額納付し、これにより延滞税額が一九万七二〇〇円(本件延滞税)と確定した。
3 しかし、原告は、本件延滞税を納付せず、一方で別件課税処分について不服の申立てをし、続いて昭和六二年七月一七日、鎌倉税務署長を被告として(原告の本件延滞税に係る徴収の所轄庁は、管轄の分割により昭和六一年七月一〇日付けで鎌倉税務署に移行していた。)、横浜地方裁判所に別件課税処分の取消訴訟(別件課税処分取消訴訟)を提起した。
鎌倉税務署長は、右訴訟について、同年九月二一日に応訴し、同訴訟の判決は、平成三年一月一七日に確定した。
4 平成三年三月二六日、被告の担当国税徴収官(原告の本件延滞税に係る徴収の所轄庁は、原告が平成二年四月五日付けで富山県上新川郡大山町に転居したことにより富山税務署になり、更に、国税通則法四三条三項の規定により被告が徴収の引き継ぎを受けた。)は、原告が株式会社北陸銀行に対して有する普通預金債権(上滝支店・口座番号四〇七五七九)一三八万八七二六円のうち一九万七二〇〇円を国税徴収法六二条に基づいて差し押さえ(本件差押処分)、同日、同法六七条一項に基づき、右債権を取り立てて全額現金で受け入れた。
5 被告は、同月二七日、右現金一九万七二〇〇円の配当のため、国税徴収法一三一条及び一三二条に基づいて配当計算書を作成した上、本件延滞税に配当する処分(本件配当処分)をし、同日、原告宛てその謄本を発送した。
6 原告は、平成三年五月二日、金沢国税不服審判所に対し、本件各処分について審査請求をしたが、平成四年四月二三日、右審査請求を棄却する旨の裁決がなされた。
二 争点
原告は、本件各処分については、次の1ないし4の違法事由があるから、取り消されるべきである旨主張し、被告は、これを争い、別件課税処分取消訴訟に対する応訴による時効の中断を主張した。
1 滞納処分(本件各処分)の前提である督促状が原告に対して送達されていない。
2 本件延滞税の徴収権は、原告が本税を納付した昭和六〇年七月二九日から五年を経過したことにより、時効消滅した。なお、別件課税処分取消訴訟について鎌倉税務署長が応訴したことは、時効の中断事由に当たらない。
3 本件差押処分は、原告の長期不在中になされたものである。
4 被告は、本件配当処分に係る配当計算書の謄本を原告に対して普通郵便で発送したものであり、しかも同書面が原告のもとに到達したのは不服申立期間を経過した後の平成三年四月一一日であった。
第三争点に対する判断
一 原告の主張する違法事由1について
証拠(乙一、乙二((その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定される。)))及び弁論の全趣旨によれば、昭和六〇年一一月二五日、その当時原告の所轄庁であった藤沢税務署長は、本件延滞税の督促状(督促番号三〇八)を原告の当時の住所地であった神奈川県鎌倉市腰越一丁目一一番一二号の原告宛てに普通郵便で発送したことが認められる。右督促状は、それが通常到達すべきであった時(同月二六日)に送達があったものと推定される(国税通則法一二条二項)ところ、原告は、これに反する事実を特に主張、立証しないから、右督促状は、同月二六日、原告のもとに送達されたものと認むべきである。そして、原告が右督促状の送達について不服の申立てをすることができたのは、昭和六一年一一月二五日までであった(国税通則法七七条四項)ことになるところ、この期間内に右の不服申立てをしたことについても原告は特に主張、立証しない。
そうすると、原告の主張する違法事由1は理由がない。
二 原告の主張する違法事由2について
1 前記第二「事案の概要」の一の2の事実によれば、本件延滞税は昭和六〇年七月二九日に確定したものであるから、その徴収権は、同日から五年を経過することによって時効消滅することとなる(国税通則法七二条一項)。そして、右消滅時効については、国税通則法に別段の定めがあるものを除いて民法の規定が準用される(同法七二条三項)ところ、前記第二「事案の概要」の一の3の事実及び証拠(乙一)によれば、原告は、本件延滞税を納付せず、別件課税処分について不服の申立てをし、続いて昭和六二年七月一七日、鎌倉税務署長を被告として横浜地方裁判所に別件課税処分取消訴訟を提起したこと、これに対して同税務署長は、同年九月二一日に原告の請求棄却を求めて応訴したこと、同訴訟については、昭和六三年一一月九日に原告の請求を棄却する旨の判決の言渡しがあり、同判決は、平成三年一月一七日に確定したことが認められる。
2 そこで、別件課税処分取消訴訟における被告鎌倉税務署長の応訴行為が「裁判上の請求」(民法一四七条一号、同法一四九条)として、本件延滞税徴収権の消滅時効の中断事由になるかどうかについて検討する。
民法一四九条に規定される「裁判上の請求」は、訴えの提起、即ち原告として時効の目的たる権利を訴えによって主張する場合に限らず、被告として右権利の存在を訴訟上主張する場合をも含むものであり、例えば、債務者が提起した債務不存在確認訴訟において債権者が自己の債権を主張して請求棄却の判決を求めて応訴する行為も含まれると解される(大審院昭和一四年三月二二日判決・大審民集一八巻二三八ページ、最高裁昭和四三年六月二七日判決・民集二二巻六号一三七九ページ参照)。けだし、債務不存在確認訴訟において、債権者が主張するとおりの請求棄却の判決が確定することは、結果的に債権者が提起した債権存在確認訴訟において、原告勝訴の判決が確定するのと同様と考えられ、また権利の上に眠る者を保護しないという時効制度の趣旨に照らせば、右のように解することが妥当と考えられるからである。
右の理を課税処分取消訴訟にあてはめて見ると、同訴訟の訴訟物は課税(更正)処分の違法性の主張であるところ、同処分が一定金額の租税納付義務を決定する処分であることに照らせば、原告は、その処分の効力を否認、即ち同処分によって決定された納税義務の存在を否認する意味でその取消しを求めるものであり、被告が請求棄却の判決を求めるのは、同処分によって決定した納税義務を正当としてその適法性を主張して争うものに外ならず、その実体は、課税(更正)処分の適否という形で租税徴収権の存否が争われるものである。この場合の被告の権利主張は、課税(更正)の無効を理由として提起された租税債務不存在確認訴訟において請求を否定する被告の主張と実質的に異なるところはなく、また前記時効制度の趣旨に照らしても、その応訴行為に時効中断の効力を認めても不合理とはいえない。
そして、国税通則法七三条五項の規定によれば、本税の徴収権の時効が中断したときは、当然にその延滞税の徴収権についても時効が中断するから、課税(更正)処分の取消訴訟に被告が応訴することは、延滞税についての時効中断の効果をも有するというべきである。
そうすると、鎌倉税務署長が別件課税処分取消訴訟に応訴した昭和六二年九月二一日から同訴訟の判決が確定した平成三年一月一七日までの間、本件延滞税の消滅時効は中断したものといえ、前記第二「事案の概要」の一の4及び5のとおり、被告が同年三月二六日及び同月二七日に本件各処分に及んでいることに照らすと、これが時効により消滅していないことが明らかであって、原告の主張する違法事由2も理由がない。
三 原告の主張する違法事由3について
国税徴収法に基づく債権差押処分の手続において、納税者が住所地に不在の場合には差押手続を実行してはならない旨の法令上の規定は存しないところ、そのように解すべき合理的理由も見当たらないから、原告の主張する違法事由3も理由がない。
四 原告の主張する違法事由4について
1 前記第二「事案の概要」の一の4及び5の各事実に、証拠(乙一、乙三の一、二)を総合すれば、被告は、平成三年三月二六日、本件差押処分を行い、同日付けでその差押調書を作成したこと、続いて被告は、同月二七日、本件配当処分を行い、その配当計算書を作成したこと、そして同日、被告は、原告に対し、右の差押調書及び配当計算書(これには受入金一九万七二〇〇円全額を差押えに係る本件延滞税に配当し、その交付期日を同年四月三日とする旨記載されていた。)の各謄本を同封して、これらを配達証明郵便で原告宛て発送したこと、ところが、右郵便は、同年四月九日、その当時原告の配達郵便局であった(富山県)福沢郵便局から留置期間経過のため被告に返戻されたこと、このため、被告は、同月一一日、再度右各書類を普通郵便で原告宛てに発送したこと、以上の各事実が認められる。
2 そこでまず、被告が本件配当処分に係る配当計算書の謄本を普通郵便で送達したことについて検討するに、国税通則法一二条一項によれば、国税に関する法律の規定に基づいて発する書類の送達方法については、「郵便による送達」あるいは交付送達によって行うとされているところ、右文言による限り、「郵便による送達」の場合に、特に普通郵便による送達を除外するものとは読み取れないから、原告の主張は採用できない。
次に、不服申立期間(国税徴収法一三三条二項)経過後に原告のもとへ右配当計算書の謄本が送達された点について検討するに、国税徴収法一三一条は、配当処分に係る配当計算書の謄本は、換価財産の買受代金の納付日(本件においては差押債権の取立日、即ち平成三年三月二六日)から三日以内に納税者(原告)に発送すべきことを規定するにとどまり、その送達については何ら言及するところではないし、右発送の要件については、前記1の事実及び前記第二「事案の概要」の一の4の事実に照らしてこれが遵守されていることは明らかであるから、この点についても瑕疵があるとはいえない。
そうすると、原告の主張する違法事由4も理由がない。
四 結論
以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 伊藤剛 橋本良成 高橋善久)